こころを癒してくれるもの
逆説的だが、それは、いのちからこころを除いたものだ
たとえば、いま、僕が座ってパソコンに向かっている僕の体に疲労があるとする
この時、いまとっている座る姿勢は僕のこころがそうしようとしているからだ
くどいけど、もう一度いいますね
この状態でおこる僕のいのちの制約(苦痛)の原因は、
僕の筋肉に座る姿勢を保たせパソコンに向かわせている僕のこころだ
このように苦痛の原因は、その状況をつくっている自分のこころ
それを取り除くというのは、、、メスでとるのではありませんよ(^_^)
寝ころぶ。。。ナンダと思うかもしれませんけど
自分の姿勢を、重力と床に任せるのです
重力は、自分のこころよりはるか昔から存在している宇宙の先輩だ
自分のこころより、くらべものにならないくらい、宇宙との関係性において学びを経験している先輩だ
ということは、小人の僕が、パソコンに向かっている姿勢より
寝ころび、重力と床にこの身の形を委ねた姿勢の方が、遥かに宇宙の叡知を宿す
呆れるほど、変な文章になりましたが、
大概の苦痛は自分のこころが災いしていることを、
拙いながらなんとか言おうとしたのです(^_^)
自分のこころの要素を引いて、、、足し算引き算の引くです。
引いてみる。うーっむ、大概、寝ころぶことになりますが、、、
そして、こころを働かせない。休ませる。
本当のこころというものは、疲れが解消し調和のとれたいのちの奥底から湧いてくるもの。
何かやっていて苦しくなるようだったら、それは、幻を追っている自分の気持ちがあるから。
いま、喜びを感じられないことは、黄色信号、その先は赤信号ですよ
疲れが解消し調和のとれたいのちの奥底から湧いてくるものがあれば、その時はゴー!
宇宙の賛歌を謳い、歓びを実現する時
その時、こころは宇宙エネルギーの導管となる
一番気持ちいい状態です
えーと何を言っているかというと、時に自分のこころを休ませて、重力にバトンタッチを!
重力という宇宙の構成要素にそれだけの信頼を!!つまり、安心して、歌でも歌いながら休む。。ということでーす
本当に、変な文章で失礼しました
皆さんの生活が、自然のリズムに乗って嬉しさと喜びを運んでくるものであることを願いながら jiko記
沖縄、黒島の朝陽


真にすべきこと、自分の心の奥底から湧き上がるものであると思えるものが出現する時がくれば、その時は思いっきりやれ〜〜〜!ということだと理解しても良いですか?
その時が、来るのか来ないのか・・・。
五里霧中という感じがなが〜〜く続いているのですが、時が満ちるまで我慢するべきでしょうかね・・・。
あ、すみません、独り言みたいになってしまいました。m(_ _)m
上の文章は、泡立つこころ、喧騒なこころ、疲れのもとになるこころ、落ち着きがなく走るこころ。
そういうような「こころ」を、癒してくれるものは、
生きている状態から、とりあえず、いまやっていることを、「休む」。そうすると、いのちーこころ=癒しのエネルギー
が残る。そういうことを、いいました。すでに、救済のメカニズムが、体の中にある。こころが、その働きを邪魔している。時に、「こころに休暇」を与えましょう。
「こころに休暇」を与えることにします。
下手な考え休むに似たり、どころか、かえって救済のメカニズムの邪魔をしてしまうことがあるのですね・・・。
一休みすることにします。^^